2012年10月8日月曜日

サーロインステーキのおいしい焼き方

誰かの真似みたいな短篇書いてみました。

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サーロインステーキのおいしい焼き方

 サーロインステーキ。
 普段は滅多に食べない。実家でも食べなかった。家が貧しかったから? 余計なお世話だ。ステーキを食べる習慣自体がなかったんだ。カレーライスなら毎週食べた。
 食べたのは、いままでに数回しかない。たぶん同年代の日本人で、食べた回数がもっとも少ない部類に入るだろう。きっと必要のないものなんだ、少なくともぼくの人生にとっては。
 最初に食べたのは、大学に通うために東京で一人暮らしを始めてしばらくたった頃だ。たぶん夏休み前だと思う。その頃のぼくは彼女を作ることに必死だった。もっとぶっちゃけて言えば、やりたくて仕方がなかったのだ。それでクラスの女の子をひとり選んで、アパートに招待した。ぼくのアパートにのこのこやってくるということは、その娘だって、そういうことを期待していたはずだ。胸がどきどきしたね。
 どうやってもてなそう。考慮に考慮を重ねた結果が、肉の量販店でサーロインステーキを買ってきて、焼いて二人で食うということだった。ぼくは店でいちばん高級な肉を二枚買った。ところが焼き方を知らなかった。当日は外側は焦げて、内側にはまだ火が通っていない肉を二人で食べることになった。食べながら何か話をしたと思うけれど、何を話したかは忘れた。そして結局ぼくはその女の子の手を握ることもできなかった。最後に彼女は四股を踏むような動作を何度か繰り返してから、ぼくの部屋を出て行った。彼女はぼくを軽蔑したのだ。四股と軽蔑がどうつながるのか、ぼくにもわからない。でもぼくは彼女のその動作を見て、軽蔑されたと痛烈に感じたのだ。もうそのような失敗は繰り返すまいとぼくは自分自身に誓った。
 次にサーロインステーキ食べたのは、それからずっと後になってからだ。そのときにはもう結婚していた。向こうの家の両親と義理の姉と、それから妻とぼくの五人。車で埼玉に墓参りにいった帰りに、ステーキハウスに寄った。そのときみんなでサーロインステーキを食べたのだ。もちろん義父のおごりだ。でも申し訳ないが、その頃にはぼくと妻の関係はぎくしゃくしたものになっており、もう後戻りのできない状況だったのだ。それから何週間後かにぼくらは離婚することになる。ぼくはまた一人暮らしに戻り、料理を自分でつくるようになった。
 その次に食べたのはいつだったろう。かなり昔のことだ。何かの懸賞に応募したら、賞品としてオーストラリア産のワインとビーフが当たってしまったのだ。自分ではまず買わない上等品だ。
 品物が届いた日、友だちがたまたま家に遊びに来たので、いっしょに食べて飲んだ。友だちは、うまいうまいと言った。ぼくも満足だった。ところがその友だちとは些細なことで喧嘩して、いまは連絡も取らなくなってしまった。携帯からメールを何度か入れたが返信はまだない。まあ、よく喧嘩はしてたからね。本当はもう会わないほうがいいのかもしれない。
 思い出す限りそれだけだ。サーロインステーキを食べたいとはそんなに思わない。ぼくにはやっぱり必要のないものなんだろうな。世の中からなくなることは無いだろうけど。
 でもおいしい焼き方は勉強して覚えている。教えようか?

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